ある日、買い物から帰ってきた母親の目が、ものすごく真っ赤に腫れあがり、 今までに見たこともないほどひどい症状が出ていました。
目を“ぐりんぐりんと”かきむしる母…。
やがて目に傷ができ、ますます赤くなっていく母の目…。
それでも母は目をかくのをやめません。
20分ほどして、うっすらと膜の様なものが張っきてしまいました。
「ヤバい…。
このままでは母の目は、どうにかなってしまう…」
と私は強い不安を覚えました。
「失明してしまうかも知れない…」
とさえ、本気で思いました。
たまらず私は言いました。
「やめてくれ!かあさん!
それ以上かき続けると失明しちゃうよ!!」
私はなんとか、かくのをやめてもらおうと説得し続けました。
それでも一向に目をかくのをやめない母。
そしてついに私は言ってしまいました。
「いいかげんにしろ!!!」
私はついに、自分の母親をどなりつけてしまいました。
泣きそうな顔になる母。
そして再び目をかきむしりながら、私のそばから離れて行きました…。
・・・
私は、ふと我に返り、自分がしたことを後悔しはじめました。
ただでさえ花粉症のかゆみと痛みで、
もがき苦しんでいた母。
そんな母に対して、私はなんてひどいことを言ってしまったんだろう。
本当なら、やさしい言葉をかけてあげなきゃいけなかったはず。
少しでも力になってあげなきゃいけなかったはず。
それなのに私は、こともあろうに、罵声をあびせ、傷つけてしまったのです。
私は、花粉症がいかに辛くて悲しいものなのか、それなりに理解していたつもりでした。
なぜなら私自身も花粉症で苦しんでいたからです。
母は、25年以上も花粉症に苦しめられてきました。
シーズン中には、毎日欠かさず薬を飲み、目薬をさし、マスクをしていました。
いつもティッシュをそばに置き、かゆい目をこすっては、 辛そうにしている姿が、今も目に浮かびます。
いつも目がしみて、痛みに耐えていた私の母。
私はそんな母に罵声をあびせてしまったのです。
私はすぐさま、自分の愚かさに気がつきました。
「何やってるんだ俺は…」
そして私は次のように考えました。
今までの私は、花粉症に苦しむ母に対して、
一体何をしてあげられただろうか?
苦しんでいる母をよそに、何もしてこなかったのではないか?
そもそも私は、
花粉症を“完治”することに、どれほどの力を注いできただろうか?
“完治”しようと全力で努力してきただろうか?
そう自分に問いかけてみました。
なさけないことに、
私は「その場しのぎ」の対策に終始するばかりでした。
対症療法しかやってこなかったのです。
そして、
「花粉症は完治しないもの」 と思い込んでいる自分に気がついたのです。
完治できるとも思っておらず、
完治する努力もしてきませんでした。
最初から完治をあきらめていた自分に気がつきました。
これに気づいた私は、
その日を境に、“花粉症を完治したい”と思うようになりました。
もうこれ以上、母を傷つけたくない。
もうこれ以上、母が苦しむ姿を見たくない。
そして私自身、
もう二度と、あの辛い目のかゆみ、鼻のかゆみ、花粉症の苦しみを味わいたくない!
と、心の底から思ったのです。
ついに私は決心しました。
「母の花粉症を完治させてあげよう」
「そして自分自身も花粉症を完全に克服しよう!」
と。
絶対に花粉症を完治する、と強く誓ったのです。
マスクでは花粉症は治りません。
薬は一時的に症状を抑えるだけです。
私の場合、ヨーグルトを食べ続けても、まったく治りませんでした。
甜茶もまったく効きませんでした。
アロマセラピーで、
ありとあらゆる香りをかぎまくりましたが、全然効きませんでした。
漢方薬もイマイチでした。
効いてるんだか、そうじゃないのか分からない。
せいぜいその程度でした。
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